2012年06月12日

やなせなな 歌詞

歌う尼さん やなせなな「街の灯(まちのひ)」




位置情報やなせなな プロフィール
本名 :梁瀬奈々
生年月日 :1975年7月17日
出身地 :奈良県
シンガーソングライター
浄土真宗本願寺派僧侶(法名・釈妙華)

ペンやなせなな - Wikipedia
1991年、四天王寺高校(四天王寺中学校・高等学校)に入学。1995年卒業。
1995年、龍谷大学文学部真宗学科入学、軽音楽部に所属。
1998年、浄土真宗本願寺派の僧籍を取得する。法名は、釈妙華。
1999年、同大学を卒業。僧侶として実家の寺院を手伝うかたわら、音楽活動を始める。
2004年6月、シングル『帰ろう。』でデビュー。
同年7月より、(株)三晃空調のCMソングに、本人書き下ろしの曲が使われる(関西ローカル)。
同年10月、シングル『街の灯』発売(オリコンインディーズシングルチャート最高18位)。
2005年5月、アルバム『あいのうた』発売。オムニバスCD『カフェミルトンへのサウダージ』に参加(収録曲「遠い約束」)。
同年10月より、京都市のコミュニティFM・京都三条ラジオカフェにて「やなせななの“ななぽぽラジオ”」(毎週土曜日18:30〜)にDJ出演(〜2008年1月)。
2006年2月より音楽誌『音遊人』(みゅーじん)(YAMAHA刊)にてエッセイ「やなせななのひだまりの唄」連載開始。
2007年、2007年度滋賀県人権啓発CMソングに、本人書き下ろしの曲が使われる。
同年7月、シングル『蝶々/七夕』発売(オリコンインディーズシングルチャート最高17位)。アルバム『遠い約束』発売。
同年7月より、奈良市のコミュニティFM・ならどっとFMにて「やなせななの“夕空メロディ”」(毎週金曜日17:30〜)にDJ出演(〜2009年3月)。
同年10月より、奈良県王寺町のコミュニティFM・FMハイホーにて「やなせななの“ほのぼのサウンド”」(毎週日曜日17:45〜)にDJ出演(〜2008年1月)。
2008年3月、朝日新聞(奈良版)の取材に応えて子宮ガン(子宮体癌)だったことを告白。同時期より寺院でのコンサート&トーク活動「歌う尼さん」を本格的に開始する。
同年8月、オリジナル曲「七夕」がニンテンドーDS用ソフト『東京魔人學園剣風帖』のエンディングテーマに起用される。
2009年4月より、オリジナル曲「街の灯」が日本珠算連盟のCMソングに起用される。
2009年10月、アルバム『願い』発売。
2010年4月、自伝エッセイ『歌う。尼さん』(遊タイム出版)発売。
2010年8月、全国の仏教系寺院(超宗派)でのコンサート&トーク「歌う尼さん」が100カ所での公演を数える。
2010年9月、読売テレビ『かんさい情報ネットten!』「ニュース特集」にて、その活動が取り上げられる。
2010年11月、母校龍谷大学校友会より「龍谷奨励賞」を贈られる。
2010年11月〜、読売テレビ『かんさい情報ネットten!』にコメンテーターとして出演(〜2011年11月)。
2011年1月、テレビ東京 ミニドキュメント『生きるを伝える』にて、その活動が取り上げられる。
2011年3月、日本テレビNNNドキュメント『歌う尼さん〜がん闘病から奏でる命』が放送される。
2011年7〜8月、オリジナル曲「街の灯」が曹洞宗のCMソングに起用される(東北ローカル)。
2011年8月、シングル『まけないタオル〜東日本大震災支援歌』発売。
2011年8月、朝日新聞(奈良版)『人生あおによし』にて自伝エッセイ(全21回)が連載される。
2011年10月、NHKラジオ第2放送宗教の時間(NHKラジオ)に出演、『歌で伝える仏のこころ』が放送される(その後2012年1月にアンコール放送された)。
2012年3月、ジュスカ・グランペールのアルバム『千年の戀』に参加(収録曲「永久の君」で作詞・歌唱)。



やなせなな歌詞




ペンいやしの歌で話題の「歌う尼さん」 子宮体がんを克服し、歌い続ける彼女は?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20110419/1035247/
 彼女の名前はやなせなな。1975年、奈良県生まれ。
 父親の実家である寺院で育ち、23歳のときに僧籍を取得。幼いころから歌が好きで、大学時代にはバンドを組んでいた経験もある。
 転機になったのは、20代中盤のころ。友人の姉が20代で亡くなったことを受け、「どうしようもない深い悲しみを抱いている友人の、その涙に添いたい」と夢中で楽曲を制作した。その経験がきっかけとなり、「歌は、自分が楽しいから歌うものではなくて、誰かのために歌うもの」と気がついた。いつしか、それまで趣味で行っていた音楽活動を「プロ」として行いたいと感じるようになった。
 思いがかなったのは2004年。シングル「帰ろう。」でデビューした。2005年には初アルバム「あいのうた」をリリース。しかし、その直後に体に異変を感じ、2006年1月に「子宮体がん」の宣告を受けてしまう。
 「命の危険を感じるには、あまりに突然過ぎて実感が薄く、ただ子宮を失うことが怖いと、ぼんやり感じました。また、術後1〜2年間ほどは、薬の副作用や後遺症で、とても苦しい思いをしました。体がつらいと、心も落ち込みます。何も手につかなくなったり、泣いたり。そういったことを繰り返していました」(本人談)。
 さらに、所属事務所が閉鎖となる不幸も重なり、一時は、「音楽活動を止めたい」とも考えた。しかし、友人のミュージシャンからのしった激励もあって、音楽活動を再開。当時は知名度も高くなく何度もくじけそうになったが、寺院でのコンサートなどの評判がじわじわと広がり、「歌を聴いていやされた」という声も多く届くようになった。
 がんを克服する以前から、手がける楽曲は人々の孤独に寄り添い、生と死を題材にしていた。闘病を機に作風が変わったわけではない。しかし、「がんがまったく影響を与えていないとは、やはり言えません」という。「いつか必ず消えてしまう命だからこそ、今を慈しむことができる。一人ぼっちだからこそ、一人ぼっちじゃない、という感覚はがんになってより明確になりました」(本人談)。
 彼女にとって歌とは、「ちっぽけで情けないわたし本人の代わりに、誰かのために働いてくれる、出来の良い子どものようなもの」。自分自身は非力だが、歌でなら「誰かの苦しみに寄り添って、いっしょに泣いてあげることもできる。心の背中をさすってあげることもできる」と信じている。
 今後の抱負を聞くと、「こつこつ地道に、一人でも多くの人のかなしみや痛みに寄り添う歌を送りたい、という夢を抱き続けています」と答えてくれた。数々の困難に見舞われながらも、デビュー当時と同じ信念で活動し続ける彼女の歌声に、今後も多くの人がいやされ、勇気をもらうことだろう。

やなせなな

かわいいやなせなな「歌う。尼さん」(詳細クリック!)
奈良のちいさなお寺で生まれ、おばあちゃん子として育った、なな。
小学校時代のいじめ、名門高校での落ちこぼれ、大学時代でのバンド活動と僧籍の取得、音楽事務所に断られること100回、そして、30才での子宮体がんの克服。
 波瀾万丈の人生を生きる中で、見つけた「歌う尼さん」というシンプルなスタイル。出会った人からもらったあたたかい気持ちやいのちの輝きを、歌詞に込めて歌う尼さんシンガーのすべてがこの1冊に。











<川沿いの露天風呂の宿>




<夜景が見える露天風呂の宿>





























好きな音楽の視聴、歌詞検索、音楽ランキング、人気アーティストの情報掲示板 好きな音楽の掲示板 やなせなな(浄土真宗本願寺派僧侶&シンガーソングライター)癒しの歌の掲示板 やなせなな(浄土真宗本願寺派僧侶&シンガーソングライター)癒しの歌の掲示板 やなせなな
タグ:やなせなな
posted by 注目の話題 at 08:33| 好きなアーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする